私が会った人々⓷子供へ 掃除のおばさん

いつも一番早く出勤していました。

社員がそろっている場面に、あとから入っていくより

社員を迎える場面のほうが性にあっている。

カッコつけているんじゃなくて、気が小さいからです。

 

最初に来るのは掃除のおばさん。

支店内のあちこちのごみ箱から大袋にごみを移すのもその一部です。

いつも手伝ってあげました。

暑い日も、寒い日も、支店の早朝の二人だけの日課になりました。

 

ある日、突然、彼女が退職することになったといいました。

清掃会社からの派遣アルバイトでした。

どうしたんですか?べつの仕事になるんですか?と聞きました。

 

持病の腰が悪くなって、もうそろそろ・・と思って、と彼女は言いました。

以前、長く丹沢の山小屋をご主人と二人で営んでいました。

ご主人が亡くなって、一人きりになったのでこうして働いてきました。

支店長さんへお礼に思い出の品物をあげます、と言って額に入れた写真をくれました。

 

見て驚きました。皇太子(現 天皇)の写真です。

山小屋のストーブのそばで登山姿でコーヒーを飲んでいます。

帽子を脱いだばかりのヘアスタイルは少し乱れて、にこやかにくつろいでいます。

ストーブの石油や、濡れた登山靴の皮のにおいなどが伝わってくるようです。

 

皇太子はよく一人で山小屋を訪ねてきたそうです。

彼女は、彼のフランクな性格が好きで、まるで「息子のように」楽しみにしていた。

嵐で小屋が壊れ、ご主人も他界し、再建する力もないので小屋は閉めることになった。

とても大事な「宝物」だったにちがいない。

私はいただきました。

 

転勤した先で写真はほかの人のところ行ってしまいました。

「ぜひ見せたい人がいるので貸してほしい」と親しい人に頼まれ貸しました。

後日、「返してほしい」といったのに、親しい人は困った顔をして返してくれません。

写真を持っているのはたぶんその人の弟です。

その弟さんは有名な行動右翼団体の幹部です。

飲んだことがありますが、長いまつ毛の物静かな好感の持てる人物でした。

私と同じ歳で、主義は違いますが「大儀」に身を惜しまない覚悟が感じられます。

おたがいにとんちんかんな会話をしたことを思い出します。

きっと「宝物」にしているんでしょう。

今ではあまり腹もたちません。

 

部署が変わり仕事で、皇太子夫妻の出席されるイベントや大会に何度か出席しました。

ま近で見る皇太子は、立ち振る舞いから、表情、スピーチも威風堂々として、コモンセンスも備えたオーラを感じます。

きっと国際社会に迎え入れられ、立派な天皇になられると、当時、確信しました。

 

ニュースを見るたび思い出します。

 

掃除のおばさんも、どこかで、元皇太子のことを応援しているんだろうな。